シラス国

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外国に行きますと日本がとても尊敬されていることがよくわかります。

そこで、外国人に日本を説明する時、一言で表せる言葉はないかと常々思っていたところ、「シラス国」という言葉に出会いました。
シラスとは、知らすということです。
人々に情報提供し、それを元に皆で話し合い、決まったことは皆でやるという民主主義の基本のような意味です。
その語源は、アマテラス大御神が国譲りの際、オオクニヌシの命に告げた言葉です。
「汝(な)がうしはける葦原(あしはら)中国(なかつくに)は、我(あ)が御子(みこ)のしらす国と言依(ことよ)さし賜えり」

要訳しますと、「大国主命よ、国づくりに大切なのはシラス国ですよ。」と
大国主命といえば、古事記の英雄でもっとも人気が高い命ですが、そのやり方に苦言を呈し、大国主命はその通りだと納得したし、国譲りを行いました。
大国主命が行っていた国づくりは間違っていたのか。
その国づくりは、ウシハク国だったのです。
ウシハクのうしはける者とは頼りがいがある素晴らしいリーダーを意味します。
素晴らしリーダーがいて何がおかしいとなりますが、素晴らしいリーダーがいつまでも素晴らしいとは限りませんし、独裁者になるかもしれません。
それに次のリーダーも素晴らしいとは限りません。それでは国は永く続きません。

我が国が永く続いているのは、この「シラス国」だからだったのです。
しかし、話し合いをしたからといってまとまるとは限りません。
EUのように国民投票までしたのにまとまりません。
我が国との大きな違いは、天皇陛下の存在です。
天皇陛下はエンペラーでイギリスはキングです。今はクイーンですが。
つまりイギリスはウシハク国なんです。
我が国には、万世一系の天皇陛下がおられるおかげで最後はまとまるのです。
ではなぜ、天皇陛下の存在でまとまるのか。
それは、天皇陛下は祈る存在であり、毎日欠かすことなく天照大神に日本国民の幸せと世界平和を祈ってくださっているのです。
その存在だからこそ、日本国民は天皇陛下を心から慕っているのです。
しかし、昨今天皇陛下の存在を知らない日本国民が多くなりました。
このままでは世は乱れる可能性が出てきたと思っています。
そうならないためにも知らす存在として発信していきます。

民主主義とは2

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さて、前回は民主主義について書きましたが、今回は、「民主主義は世界を崩壊させる?」について持論を書きます。
先週、石川県議会議員選挙が行われましたが、予想通り過去最低投票率でした。
日本は、憲法で国民が選ぶ代表者による間接民主制を行うと決めていますので、私達の代表者を決める選挙を棄権するということは、ご自身に主義主張がないと言われてもしかたがありません。
主張がある人も一票。無い人も一票ですので、選挙に参加すると思われる特定の主張がある人の支持を得ようと候補者や政党はその方々が望む施策を打ち出してきます。
例えば、自民党は経済対策や農業や高齢者の施策に力を入れてきましたし、民主党は労働者環境の改善に取り組んでいます。また、社民党は教職員の労働環境改善に力を入れているといった具合にです。
政党や候補者は、選挙に勝つためには選挙に行く人の意見を重視する傾向にあることは事実です。
これが、施策の偏りの原因です。
民主主義の基本は少数意見も大事にすることにありますが、声をあげなければ少数意見やサイレントマジョリティーの主張は施策に反映しにくい現状にあります。
これは、健全な民主主義とは言えません。
参政権は18歳以上の全ての日本国民に等しく平等に与えられた権利です。
私達の主義を選挙でしっかりと主張をして、世界で尊敬される日本として世界平和に貢献しましょう。

民主主義とは

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今日は、民主主義について考えてみます。

民主主義といえば多数決と言われますが、それは結論の決め方であって

国民主権、つまり民衆の声を聞くというのが民主主義だと私は思っています。

ですから、多数決で物事を決めても少数意見も大事にするのが民主主義の基本です。

英国は国民投票を行った結果、EU離脱を決定しましたが、混乱がより大きくなり「合意なき離脱」が現実身を帯びてきました。

英国の行った国民投票は正しかったのでしょうか。

米軍普天間基地の辺野古沖への移転は県民投票でノーがイエスを上回りましたが、政府の方針に変更はありません。

県民投票結果はなぜ反映されないのでしょうか。

むしろ、国民に意見を聞いたことで、問題がより大きく複雑になったように見えます。

民主主義の基本である国民の声を聞くことは間違いなのか。

私の意見はノーです。

では、上記の事例では民主主義がなぜ機能しないのか。

誤解を恐れずに書けば、聞く相手が違ったと思います。

正確に言えば、国民に聞く段階ではなかったということです。

国民は投票する前にしっかりと問題に向き合い

自分目線ではなく、未来志向で問題を正確に理解した上で投票するべきでした。

この二つの事例では、フェイクニュースが飛び交いました。

特に英国の場合、フェイクニュースを信じて投票した方が数多くいたようです。

私には、会社の社運をかけたビックプロジェクトを、入社間もない社員に聞いているように見えました。

ところで、ただいま全国統一地方選挙の前半が行われています。

今回の石川県議会議員選挙金沢選挙区での投票率は、40%を切って過去最低になると予想されています。

前回の金沢市長選挙では過去最低の投票率でした。

また、石川県選挙区では7選挙区で無投票選挙となり、選挙すら行われなかった。これは大問題です。

政治や社会に関心がない人達とそれを動かす人達との格差がどんどん広がってしまいますし

人々の声が施策に反映されず、一部の権力者の都合で世の中が形成されてしまいます。

政治に期待していなくても選挙には行くべきです。

投票したい候補者がいなければ白票でも止む得ません。

自分の一票なんてどうせ反映されないと諦めているなら大間違いです。

諦めたら終わります。

日本人が日本の政治を諦めたら日本が終わる事を意味します。

私達は次代を担う子供達の為に、豊かに暮らせる日本を残す義務があります。

だから、必ず投票場に足を運んで、ご自身の意思を示していただきたいと思います。

しっかりとした選挙(高い投票率)が行われてこそ、正常な民主主義が機能するのではないでしょうか。

次回は、民主主義は世界の崩壊を招く?について持論を述べたいと思います。

 

今回、半年ぶりに質問の機会を得ましたので、一問一答方式で質問をしました。
一問一答は、一問ごとに答弁を受けるので、ある程度の筋書きはあるものの、ガチンコに近いやり方ですので、市長も私も緊張感があります。

今回最も重視した内容は、卸売市場の再整備についてです。
私の政治テーマは「1次産業の再生」です。
私達の生活を取り巻くもののほとんどが1次産業から出来たものです。ところが、我が国では1次産業が衰退の一途をたどっています。そのもっとも大きな原因が後継者不足です。
このままこの問題を放置しておきますと、我々の生活を支えるものが輸入品に頼らなくてはいけなくなります。
そうなれば、我が国の食文化や伝統文化までもが消滅してしまいかねないことから、なんとしても1次産業を守らなくてはいけません。

今国会にて、卸売市場法が改正された事をうけて、絶好のタイミングで金沢市では卸売市場の再整備に関する予算が計上されました。
卸売市場は、生産者と消費者をつなぐ、重要な基幹インフラです。
ここがしっかりと機能することも1次産業の再生につながると考え、市長に市場の整備とともに今後の在り方を問いました。

以下、その他の質問項目です。

・「米朝首脳会談を市長はどう見たか。」

・「中央卸売市場の関する内容」

中央卸売市場の将来展望について

市場法改正について本市の中央卸売市場の影響は

卸売市場の再整備について

・「第4次産業に伴う先端技術の対応について」

AI・IOTなど第4次産業革命に対しての本市の対応について

先端技術の分野でも世界の交流拠点都市を目指す考えはないか

IT企業の積極的な誘致について

・「伝統工芸の継続発展について」

美大・卯辰山工芸工房・21美術館の連携について

美大生・卯辰山工芸工房・職人大学校の生徒には、本市の美術館を開放しては

パブリックアートの推進について、西口広場をアートの空間にしては

・「文化都市と観光施策の融合について」

観光ガバナンスについて

上杉鷹山
第35代アメリカ合衆国大統領ジョン・F・ケネディは、日本で最も尊敬する政治家はと日本人記者から問われてUESUGI YUZANと答えました。

ケネディがなぜ上杉鷹山を評価したのか。それは、破綻寸前だった米沢藩を救った手腕の持ち主だったからだと思います。
鷹山は、1751年7月20日宮崎県高鍋藩秋月家の次男として生まれ、9歳の時に上杉重定の娘幸姫(17歳)と結婚することを前提に上杉家の養子になりました。
そして、17歳の時に正式に上杉家を継ぐことになりました。
鷹山が米沢に入国したその夜、このような一首を読みました。

「受けつぎて、国の司の身となれば 忘れまじきは 民の父母」

日本には1300余りの自治体が存在します。その数だけ首長がいます。
すべての首長にこの精神で自治体運営を行って欲しいものです。

鷹山は直ぐに米沢藩の行政改革に着手しました。まず、大倹約令を発して藩財政の立て直しをはかりました。自身の生活費を7分1に切りつめ、奥女中50人を9人にし、食事は一汁一菜。着物も木綿にして自ら節約の手本を示しました。
また、「民の父母」として根本方針として「三助の精神」を出しました。
①自助 ②互助 ③扶助
現代では、自助 協助 公助 として地域コミュニティーの形成でもっとも重要視されている精神です。

更に、90歳以上の者には亡くなるまで食べていける生活費を与え、70歳以上の者には村が責任をもって世話をすることと決めました。加えて、老人を大切にする親孝行者には褒美が与えられました。
250年前に既に年金制度を取り入れていたことに驚きます。
現在の日本の年金制度は破綻寸前だというのに。

鷹山は、国を治める根本は道徳の確立にあると考え、教育にも力をそそぎました。
日本の教育は日教組に支配されていた時代が永く、国を誇る気持ちがなく、自分にも自身が持てない子供が育っています。その理由は、小中に歴史の教科書には南京大虐殺や従軍慰安婦の強制連行など事実と異なる内容が載っているからです。仮に一兆、一京歩譲ってそのような事に近い事があったにしても、子供にわざわざ教える必要があるのかと思ってしまいます。

鷹山は何と35歳で隠居しました。
その時、家督を譲った治広に「伝国の詞」を送りました。
後に、この詞が「国を治める心得三ヵ条」として、上杉家の家訓となりました。

一 国家は先祖より子孫へ伝えるものであって、藩主のものではない。
一 人民は国家に属するものであって、藩主のものではない。
一 国家や人民のために藩主を立てるのであって、藩主のために国家人民があるのではない。

このような事を考えていたから、早く隠居したんだと思います。
それに、長期政権は必ず滅びます。これは歴史が既に証明していることです。

最後に有名な歌を紹介して終わりにします。

為せば成る 為さぬば成らぬ 何事も 成らぬは人の 為さぬなりけり

【柴五郎陸軍中佐】

義和団の乱 1900年(明治33年)
この出来事は、後に日露戦争(1904年)のきっかけとなった我が国としては重要な出来事である。舞台は清国。
当時の清国は、アヘン戦争(1840年)で英国に敗れ、日清戦争(1894年)で日本に敗れた事により、植民地化が進む中で起こった外国人排斥運動です。
この騒動を鎮圧すべく、当時北京に公使館を置いていた欧米10ヶ国と日本が清国軍と暴徒の鎮圧に挑みました。
連合軍の兵士は約500人。対する敵兵は約4万人。
この不利な状況のなか、指揮官として各国から賞賛を得た方が、柴五郎陸軍中佐です。
柴五郎中佐は、指揮の見事さ・日本軍人の規律正しさや勇敢さに加えて、粘り強さに対する賞賛と信頼の声は、日増しに連合国の将兵や外交官・居留民に広がっていったといいます。
北京解放後、残念なことに連合国の略奪や強姦が相次いだそうです。
イギリス軍人によると、誇り高き大英帝国軍人は、他国が行っている強姦などの野蛮な行為はなかったが(略奪は否定していない)、日本兵は実に規律正しく行動していたと言いました。これらの事が評価され、柴中佐と日本兵に対して、各国政府から勲章が授与されました。

日本軍は戦時中、虐殺や略奪・強姦など非道な行為を行ったと言われていますが、本当でしょうか。
この手の話をする方々は、よく言われるリベラル左翼の方々で、彼らの目的は日本を混乱させることです。
なぜ、そんな事をする必要があるのかといえば、日本が混乱する事で利益を得る国や組織の手先になっているからでしょう。
保守と言われる方々は、手先に成り下がっている組織の批判を繰り返しますが、実は本丸は違うところにいるようです。
私達はそこと戦わなくていけないと思っています。

エルサレムの丘に「ゴールデンブック」という碑が建てられている事をご存知でしょうか。この碑には、ユダヤ人出身で世界的に傑出した人物の功績を永遠に顕彰する為に名前が刻まれています。そこに、6名の日本人の名前が刻まれています。安江仙弘陸軍大佐・樋口季一郎陸軍中将・小辻節三博士・内田康哉外務大臣・手島郁郎氏・古崎博氏です。ユダヤ人を救った人としては一番有名な方は杉原千畝氏ではないかと思うのですが、ユダヤ人から感謝されているこの6名の方々は、日本ではほとんど無名と言っていいのではないでしょうか。この中から、教科書には載らない日本人として、樋口季一郎陸軍中将と犬塚惟重海軍大佐をご紹介します。

【樋口季一郎陸軍中将】

昭和13年(1938年3月)満州国ハルビン市で特務機関長を務めていた樋口少将のところに部下が、満州国と国境を接するソ連のオトポール駅で、ナチスの迫害から逃れてきたユダヤ人約2万人が、満州国に入れてもらえず立ち往生していると告げに来ました。しかも、気温はマイナス30度の極寒で、飢えと寒さで凍死者が出はじめています。

満州国がユダヤ人入国を拒否したのには訳がありました。満州国は日本と親密な関係にあり、その日本とドイツは同盟関係にある為、ユダヤ人を入国させるとドイツ側から抗議を受ける可能性があったからです。しかし、ハルビンユダヤ人協会会長のカウフマン博士の強い要望に、樋口少将は、何かあれば全責任は私が取ると言って、松岡洋右満鉄総裁に連絡をして、特別列車を運行させました。こうして、すべてのユダヤ人2万人が救出されました。

【犬塚惟重海軍大佐】

戦時中、ビザがないユダヤ難民でも上陸できたのは、世界で唯一、日本海軍が統治していた上海だけでした。ここにユダヤ難民1万8000人が押し寄せました。同盟国のドイツから、ユダヤ人虐殺の為に様々な提案を受けましたが犬塚大佐は全て阻止しました。そのことで、あるユダヤ人女性は「大戦中でも上海は楽園でした。」という誌を残しています。ところが、1942年に犬塚大佐が転勤した後、ドイツはマイジンガー大佐を上海に派遣し、「外国に居住するすべてのユダヤ人は無国籍とされ、今後いかなる保護も与えられない。」と通告し、日本軍にユダヤ人を引き渡せと迫ってきましたが、上海の日本領事や軍人達は断固拒否し、終戦までユダヤ人達を守り通しました。犬塚大佐は、ユダヤ人の為の居留地を満州に作ろうとする河豚計画を立てていたとも聞きます。

日本は人道主義の観点からすべてのユダヤ人を救おうとしている頃、中国国内では、サッスーン財閥や宋家は錬金に勤しんでいました。これに、他国もあいのりし、日本だけがユダヤ人を助けていたということが後の史料で明らかになりました。ところが、1937年支那事変が起きたことで、サッスーン家は身の危険を感じ、アメリカに渡った事から資産は日本に没収されました。この事を恨んだサッスーン家はアメリカでにプロパガンダを行うようになり、未だ日本が世界で貶められる原因を作ったという話は、また今度書きます。

いずれにしましても、杉原千畝さんが「命のビザ」が発行できたのは、受け皿となった樋口季一郎少将や犬塚惟重大佐がいたから出来たとも言えるのに、このお二人の事はまったくと言っていいほど紹介されません。ゴールデンブックに刻まれているにもかかわらず。(犬塚惟重大佐は打診された時、「私は天皇陛下の御心を体して尽くしたのだ。載せたければ陛下のお名前を書くように。」と言って断った。)

杉原千畝さんと樋口季一郎少将・犬塚惟重大佐の違いは民間人か軍人かです。つまり、軍人の美学は伝えない。それは、戦争を美化する事に繋がるからという事です。誠に馬鹿げた事です。なにが馬鹿げているかというと、GHQによる占領政策の「神道指令」の呪縛から未だに抜け出せていない事にあります。これらの事は現在勉強中ですので、まとまりましたらアップします。

いずれにしましても、教科書に載らない偉大な日本人はまだまだいます。これからも、ここで紹介していきます。

尚、内容は服部剛先生の「先生、日本ってすごいね。」から引用いたしました。お薦めの一冊です。是非、読んで下さい。

 

紀元節

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2018年2月11日
我が国は、2678歳の誕生日を迎えました。
もちろん、世界最古の歴史です。
この日、初代天皇の神武天皇は橿原宮で即位しました。
即位にあたり、前年の3月に、 この国をどのような国にするのかという国家ビジョンを発表されました。
本文はネットで検索してください。簡単に言いますと、民が笑顔で明るく楽しく暮せる国「苟民利有」。そして、我が国だけではなく、世界がひとつの家族であるがごとく皆が共に暮らす「八紘一宇」にしていくと言われました。

この建国の詔の基にされたのが、伊弉諾尊・伊弉冉尊が天浮橋から天沼矛を地上にさしながら語った「豈に国無けむや」です。
これは、誰もが喜び楽しむ明るい国を創ろうという意味だそうです。

自民党は2012年に行われた衆議院選挙で「この国を取り戻す」とスローガンに掲げました。素朴な疑問として、いつの時代の日本を取り戻すのだろうと思いましたが、 勝手に戦前だろうと考えていました。

今年は、林英臣政経塾に入塾した事に加えて、高卒の私は念願の大学に入学することができました。その名はイシキカイカク大学。https://イシキカイカク大学.com/

五十にして天命を知るではなく、五十にして大学に入学する(笑)

そこで小名木善行先生の「日本人の還るべき原点としての神武天皇と建国の詔を古事記・日本書記から学ぶ」という講義を聞いて、取り戻すべき我が国の国体は建国の時代なんだと思うようになりました。

興味がある方は、是非とも「イシキカイカク大学」に入学をお薦めします。(宣伝ではありません(笑))

新たな学びの場

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林英臣政経塾第十三期生として、今年一年学ぶ事になりました。
林塾に関しては以前より、志士を育てるという事で聞いてはいましたが、この度、北陸講座を立ち上げるにあたり、入塾する事になりました。
まだ、1回しか受講しておりませんが、噂に聞いていた通りの意識レベルの高い方々の集いでした。
塾長の林英臣先生は、「松下政経塾第一期生」として、松下幸之助翁から直に講義を受けられ、松下幸之助翁亡き後、意思を受け継ぐべく林英臣政経塾を立ち上げられたとの事です。
松下政経塾から何を受け継ぐのか。それは日本精神であると。
和を尊び 主座を保ち 衆知を集める
その先にあるものは、「天下をとって日本を変え、世界を救う事」であると。
その為に、原点 大局 本気 徹底 をしっかりと肝に据えなさいと教えて頂きました。

私は人口問題が世界に与える影響は大きいと考えています。世界は今後益々人口が膨れ上がり、食料や資源を得る為に争いが耐えません。加えて環境の悪化は一層進むでしょう。一方で日本は建国初の人口減少になりました。少子高齢化の影響がこれから顕在化します。高齢者は介護施設の不足から老後の生活に不安を感じ、若者は社会保障の増加に伴い増税に苦しむ。企業は人出不足で収益が上がらず、後継者不在で倒産という事も考えられます。また、警察や消防・自衛隊など公務員の為り手も不足し、治安悪化や離島の管理など国防にも不安を感じます。
人口減少から日本を救う事は大変困難でありますが、良き同志と力を合わせ、天下を取って日本を変え、世界を救う為に、林英臣政経塾でしっかりと学び、事を進めたいと思っています。

 

朝5時30分 凍てつく中での五十鈴川禊を行ってまいりました。

カエルの楽園

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考えさせられる小説でした。不安と恐怖が入り混じり、政治家の端くれとして身が引き締まりました。政治家でなくても、現状を知るという意味で読んで欲しい一冊です。
考えさせられると言いましたのは、この小説は見事に今の日本の現状を言い当てていると思ったからです。更に、政治家として身が引き締まったというのは、小説の結末通りの結果を回避する事が出来るのは政治の力を持って他はないと思ったからです。

政治家の不祥事が相次いでいます。不倫や言動や子供の不祥事まで連日のように報道されています。コメンテーターは必ず言います。「このような方が私達の税金で生活していると思うと腹立たしい。即刻辞職して欲しい。」と。

政治家は政治をしないで何をやっているんだという昨今の指摘に、以前、私なりに考えた政治家について書きます。
その時に大いに参考になり感銘を受けた方が、今や「正義のミカタ」などテレビにも多く出演されている藤井聡先生です。藤井先生はご自身の著書「政の哲学」でこのように記していました。

政 = 祭り事(神事に繋がっている=正しいもの・真実)
治 = 地上の様々な混乱を神と繋がりながら治める。

その上で政治家とはどのような者かと言えば、「真実と繋がる者」と言えるそうです。
ソクラテスやプラトンは「真実を知って政治を行わなければいけない。」と言っていたそうです。
臭いものに蓋をするという諺がありますが、政治の上には不都合な事や不利益な事は真実を伝えずに先延ばしにするという傾向があります。なぜなら、自分が政治家をやっている時に結論を出したくないからです。結論=責任が伴うからです。先延ばし議論の最大の罪は、少子高齢化問題を先延ばししたことだと思います。高齢者は選挙に行ってくれるので手厚くする。若者は声を出さないので知らなかった事にしたのです。自分の立ち位置でしか物事を判断しない事が要因ではないかと自己分析しています。

義見てせざるは勇なきなり 私の政治信条です。

真実(=義)を知ったとき、それが自分に不利益な事実だったとしても勇気を持って立ち向かう政治家が一人でも多く存在することが、「カエルの楽園」からの脱出につながります。
私はそんな政治家であるために今後も自己研鑽と何事にもブレない精神力を培っていきます。

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