今回、半年ぶりに質問の機会を得ましたので、一問一答方式で質問をしました。
一問一答は、一問ごとに答弁を受けるので、ある程度の筋書きはあるものの、ガチンコに近いやり方ですので、市長も私も緊張感があります。

今回最も重視した内容は、卸売市場の再整備についてです。
私の政治テーマは「1次産業の再生」です。
私達の生活を取り巻くもののほとんどが1次産業から出来たものです。ところが、我が国では1次産業が衰退の一途をたどっています。そのもっとも大きな原因が後継者不足です。
このままこの問題を放置しておきますと、我々の生活を支えるものが輸入品に頼らなくてはいけなくなります。
そうなれば、我が国の食文化や伝統文化までもが消滅してしまいかねないことから、なんとしても1次産業を守らなくてはいけません。

今国会にて、卸売市場法が改正された事をうけて、絶好のタイミングで金沢市では卸売市場の再整備に関する予算が計上されました。
卸売市場は、生産者と消費者をつなぐ、重要な基幹インフラです。
ここがしっかりと機能することも1次産業の再生につながると考え、市長に市場の整備とともに今後の在り方を問いました。

以下、その他の質問項目です。

・「米朝首脳会談を市長はどう見たか。」

・「中央卸売市場の関する内容」

中央卸売市場の将来展望について

市場法改正について本市の中央卸売市場の影響は

卸売市場の再整備について

・「第4次産業に伴う先端技術の対応について」

AI・IOTなど第4次産業革命に対しての本市の対応について

先端技術の分野でも世界の交流拠点都市を目指す考えはないか

IT企業の積極的な誘致について

・「伝統工芸の継続発展について」

美大・卯辰山工芸工房・21美術館の連携について

美大生・卯辰山工芸工房・職人大学校の生徒には、本市の美術館を開放しては

パブリックアートの推進について、西口広場をアートの空間にしては

・「文化都市と観光施策の融合について」

観光ガバナンスについて

上杉鷹山
第35代アメリカ合衆国大統領ジョン・F・ケネディは、日本で最も尊敬する政治家はと日本人記者から問われてUESUGI YUZANと答えました。

ケネディがなぜ上杉鷹山を評価したのか。それは、破綻寸前だった米沢藩を救った手腕の持ち主だったからだと思います。
鷹山は、1751年7月20日宮崎県高鍋藩秋月家の次男として生まれ、9歳の時に上杉重定の娘幸姫(17歳)と結婚することを前提に上杉家の養子になりました。
そして、17歳の時に正式に上杉家を継ぐことになりました。
鷹山が米沢に入国したその夜、このような一首を読みました。

「受けつぎて、国の司の身となれば 忘れまじきは 民の父母」

日本には1300余りの自治体が存在します。その数だけ首長がいます。
すべての首長にこの精神で自治体運営を行って欲しいものです。

鷹山は直ぐに米沢藩の行政改革に着手しました。まず、大倹約令を発して藩財政の立て直しをはかりました。自身の生活費を7分1に切りつめ、奥女中50人を9人にし、食事は一汁一菜。着物も木綿にして自ら節約の手本を示しました。
また、「民の父母」として根本方針として「三助の精神」を出しました。
①自助 ②互助 ③扶助
現代では、自助 協助 公助 として地域コミュニティーの形成でもっとも重要視されている精神です。

更に、90歳以上の者には亡くなるまで食べていける生活費を与え、70歳以上の者には村が責任をもって世話をすることと決めました。加えて、老人を大切にする親孝行者には褒美が与えられました。
250年前に既に年金制度を取り入れていたことに驚きます。
現在の日本の年金制度は破綻寸前だというのに。

鷹山は、国を治める根本は道徳の確立にあると考え、教育にも力をそそぎました。
日本の教育は日教組に支配されていた時代が永く、国を誇る気持ちがなく、自分にも自身が持てない子供が育っています。その理由は、小中に歴史の教科書には南京大虐殺や従軍慰安婦の強制連行など事実と異なる内容が載っているからです。仮に一兆、一京歩譲ってそのような事に近い事があったにしても、子供にわざわざ教える必要があるのかと思ってしまいます。

鷹山は何と35歳で隠居しました。
その時、家督を譲った治広に「伝国の詞」を送りました。
後に、この詞が「国を治める心得三ヵ条」として、上杉家の家訓となりました。

一 国家は先祖より子孫へ伝えるものであって、藩主のものではない。
一 人民は国家に属するものであって、藩主のものではない。
一 国家や人民のために藩主を立てるのであって、藩主のために国家人民があるのではない。

このような事を考えていたから、早く隠居したんだと思います。
それに、長期政権は必ず滅びます。これは歴史が既に証明していることです。

最後に有名な歌を紹介して終わりにします。

為せば成る 為さぬば成らぬ 何事も 成らぬは人の 為さぬなりけり

【柴五郎陸軍中佐】

義和団の乱 1900年(明治33年)
この出来事は、後に日露戦争(1904年)のきっかけとなった我が国としては重要な出来事である。舞台は清国。
当時の清国は、アヘン戦争(1840年)で英国に敗れ、日清戦争(1894年)で日本に敗れた事により、植民地化が進む中で起こった外国人排斥運動です。
この騒動を鎮圧すべく、当時北京に公使館を置いていた欧米10ヶ国と日本が清国軍と暴徒の鎮圧に挑みました。
連合軍の兵士は約500人。対する敵兵は約4万人。
この不利な状況のなか、指揮官として各国から賞賛を得た方が、柴五郎陸軍中佐です。
柴五郎中佐は、指揮の見事さ・日本軍人の規律正しさや勇敢さに加えて、粘り強さに対する賞賛と信頼の声は、日増しに連合国の将兵や外交官・居留民に広がっていったといいます。
北京解放後、残念なことに連合国の略奪や強姦が相次いだそうです。
イギリス軍人によると、誇り高き大英帝国軍人は、他国が行っている強姦などの野蛮な行為はなかったが(略奪は否定していない)、日本兵は実に規律正しく行動していたと言いました。これらの事が評価され、柴中佐と日本兵に対して、各国政府から勲章が授与されました。

日本軍は戦時中、虐殺や略奪・強姦など非道な行為を行ったと言われていますが、本当でしょうか。
この手の話をする方々は、よく言われるリベラル左翼の方々で、彼らの目的は日本を混乱させることです。
なぜ、そんな事をする必要があるのかといえば、日本が混乱する事で利益を得る国や組織の手先になっているからでしょう。
保守と言われる方々は、手先に成り下がっている組織の批判を繰り返しますが、実は本丸は違うところにいるようです。
私達はそこと戦わなくていけないと思っています。

エルサレムの丘に「ゴールデンブック」という碑が建てられている事をご存知でしょうか。この碑には、ユダヤ人出身で世界的に傑出した人物の功績を永遠に顕彰する為に名前が刻まれています。そこに、6名の日本人の名前が刻まれています。安江仙弘陸軍大佐・樋口季一郎陸軍中将・小辻節三博士・内田康哉外務大臣・手島郁郎氏・古崎博氏です。ユダヤ人を救った人としては一番有名な方は杉原千畝氏ではないかと思うのですが、ユダヤ人から感謝されているこの6名の方々は、日本ではほとんど無名と言っていいのではないでしょうか。この中から、教科書には載らない日本人として、樋口季一郎陸軍中将と犬塚惟重海軍大佐をご紹介します。

【樋口季一郎陸軍中将】

昭和13年(1938年3月)満州国ハルビン市で特務機関長を務めていた樋口少将のところに部下が、満州国と国境を接するソ連のオトポール駅で、ナチスの迫害から逃れてきたユダヤ人約2万人が、満州国に入れてもらえず立ち往生していると告げに来ました。しかも、気温はマイナス30度の極寒で、飢えと寒さで凍死者が出はじめています。

満州国がユダヤ人入国を拒否したのには訳がありました。満州国は日本と親密な関係にあり、その日本とドイツは同盟関係にある為、ユダヤ人を入国させるとドイツ側から抗議を受ける可能性があったからです。しかし、ハルビンユダヤ人協会会長のカウフマン博士の強い要望に、樋口少将は、何かあれば全責任は私が取ると言って、松岡洋右満鉄総裁に連絡をして、特別列車を運行させました。こうして、すべてのユダヤ人2万人が救出されました。

【犬塚惟重海軍大佐】

戦時中、ビザがないユダヤ難民でも上陸できたのは、世界で唯一、日本海軍が統治していた上海だけでした。ここにユダヤ難民1万8000人が押し寄せました。同盟国のドイツから、ユダヤ人虐殺の為に様々な提案を受けましたが犬塚大佐は全て阻止しました。そのことで、あるユダヤ人女性は「大戦中でも上海は楽園でした。」という誌を残しています。ところが、1942年に犬塚大佐が転勤した後、ドイツはマイジンガー大佐を上海に派遣し、「外国に居住するすべてのユダヤ人は無国籍とされ、今後いかなる保護も与えられない。」と通告し、日本軍にユダヤ人を引き渡せと迫ってきましたが、上海の日本領事や軍人達は断固拒否し、終戦までユダヤ人達を守り通しました。犬塚大佐は、ユダヤ人の為の居留地を満州に作ろうとする河豚計画を立てていたとも聞きます。

日本は人道主義の観点からすべてのユダヤ人を救おうとしている頃、中国国内では、サッスーン財閥や宋家は錬金に勤しんでいました。これに、他国もあいのりし、日本だけがユダヤ人を助けていたということが後の史料で明らかになりました。ところが、1937年支那事変が起きたことで、サッスーン家は身の危険を感じ、アメリカに渡った事から資産は日本に没収されました。この事を恨んだサッスーン家はアメリカでにプロパガンダを行うようになり、未だ日本が世界で貶められる原因を作ったという話は、また今度書きます。

いずれにしましても、杉原千畝さんが「命のビザ」が発行できたのは、受け皿となった樋口季一郎少将や犬塚惟重大佐がいたから出来たとも言えるのに、このお二人の事はまったくと言っていいほど紹介されません。ゴールデンブックに刻まれているにもかかわらず。(犬塚惟重大佐は打診された時、「私は天皇陛下の御心を体して尽くしたのだ。載せたければ陛下のお名前を書くように。」と言って断った。)

杉原千畝さんと樋口季一郎少将・犬塚惟重大佐の違いは民間人か軍人かです。つまり、軍人の美学は伝えない。それは、戦争を美化する事に繋がるからという事です。誠に馬鹿げた事です。なにが馬鹿げているかというと、GHQによる占領政策の「神道指令」の呪縛から未だに抜け出せていない事にあります。これらの事は現在勉強中ですので、まとまりましたらアップします。

いずれにしましても、教科書に載らない偉大な日本人はまだまだいます。これからも、ここで紹介していきます。

尚、内容は服部剛先生の「先生、日本ってすごいね。」から引用いたしました。お薦めの一冊です。是非、読んで下さい。

 

紀元節

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2018年2月11日
我が国は、2678歳の誕生日を迎えました。
もちろん、世界最古の歴史です。
この日、初代天皇の神武天皇は橿原宮で即位しました。
即位にあたり、前年の3月に、 この国をどのような国にするのかという国家ビジョンを発表されました。
本文はネットで検索してください。簡単に言いますと、民が笑顔で明るく楽しく暮せる国「苟民利有」。そして、我が国だけではなく、世界がひとつの家族であるがごとく皆が共に暮らす「八紘一宇」にしていくと言われました。

この建国の詔の基にされたのが、伊弉諾尊・伊弉冉尊が天浮橋から天沼矛を地上にさしながら語った「豈に国無けむや」です。
これは、誰もが喜び楽しむ明るい国を創ろうという意味だそうです。

自民党は2012年に行われた衆議院選挙で「この国を取り戻す」とスローガンに掲げました。素朴な疑問として、いつの時代の日本を取り戻すのだろうと思いましたが、 勝手に戦前だろうと考えていました。

今年は、林英臣政経塾に入塾した事に加えて、高卒の私は念願の大学に入学することができました。その名はイシキカイカク大学。https://イシキカイカク大学.com/

五十にして天命を知るではなく、五十にして大学に入学する(笑)

そこで小名木善行先生の「日本人の還るべき原点としての神武天皇と建国の詔を古事記・日本書記から学ぶ」という講義を聞いて、取り戻すべき我が国の国体は建国の時代なんだと思うようになりました。

興味がある方は、是非とも「イシキカイカク大学」に入学をお薦めします。(宣伝ではありません(笑))

新たな学びの場

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林英臣政経塾第十三期生として、今年一年学ぶ事になりました。
林塾に関しては以前より、志士を育てるという事で聞いてはいましたが、この度、北陸講座を立ち上げるにあたり、入塾する事になりました。
まだ、1回しか受講しておりませんが、噂に聞いていた通りの意識レベルの高い方々の集いでした。
塾長の林英臣先生は、「松下政経塾第一期生」として、松下幸之助翁から直に講義を受けられ、松下幸之助翁亡き後、意思を受け継ぐべく林英臣政経塾を立ち上げられたとの事です。
松下政経塾から何を受け継ぐのか。それは日本精神であると。
和を尊び 主座を保ち 衆知を集める
その先にあるものは、「天下をとって日本を変え、世界を救う事」であると。
その為に、原点 大局 本気 徹底 をしっかりと肝に据えなさいと教えて頂きました。

私は人口問題が世界に与える影響は大きいと考えています。世界は今後益々人口が膨れ上がり、食料や資源を得る為に争いが耐えません。加えて環境の悪化は一層進むでしょう。一方で日本は建国初の人口減少になりました。少子高齢化の影響がこれから顕在化します。高齢者は介護施設の不足から老後の生活に不安を感じ、若者は社会保障の増加に伴い増税に苦しむ。企業は人出不足で収益が上がらず、後継者不在で倒産という事も考えられます。また、警察や消防・自衛隊など公務員の為り手も不足し、治安悪化や離島の管理など国防にも不安を感じます。
人口減少から日本を救う事は大変困難でありますが、良き同志と力を合わせ、天下を取って日本を変え、世界を救う為に、林英臣政経塾でしっかりと学び、事を進めたいと思っています。

 

朝5時30分 凍てつく中での五十鈴川禊を行ってまいりました。

カエルの楽園

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考えさせられる小説でした。不安と恐怖が入り混じり、政治家の端くれとして身が引き締まりました。政治家でなくても、現状を知るという意味で読んで欲しい一冊です。
考えさせられると言いましたのは、この小説は見事に今の日本の現状を言い当てていると思ったからです。更に、政治家として身が引き締まったというのは、小説の結末通りの結果を回避する事が出来るのは政治の力を持って他はないと思ったからです。

政治家の不祥事が相次いでいます。不倫や言動や子供の不祥事まで連日のように報道されています。コメンテーターは必ず言います。「このような方が私達の税金で生活していると思うと腹立たしい。即刻辞職して欲しい。」と。

政治家は政治をしないで何をやっているんだという昨今の指摘に、以前、私なりに考えた政治家について書きます。
その時に大いに参考になり感銘を受けた方が、今や「正義のミカタ」などテレビにも多く出演されている藤井聡先生です。藤井先生はご自身の著書「政の哲学」でこのように記していました。

政 = 祭り事(神事に繋がっている=正しいもの・真実)
治 = 地上の様々な混乱を神と繋がりながら治める。

その上で政治家とはどのような者かと言えば、「真実と繋がる者」と言えるそうです。
ソクラテスやプラトンは「真実を知って政治を行わなければいけない。」と言っていたそうです。
臭いものに蓋をするという諺がありますが、政治の上には不都合な事や不利益な事は真実を伝えずに先延ばしにするという傾向があります。なぜなら、自分が政治家をやっている時に結論を出したくないからです。結論=責任が伴うからです。先延ばし議論の最大の罪は、少子高齢化問題を先延ばししたことだと思います。高齢者は選挙に行ってくれるので手厚くする。若者は声を出さないので知らなかった事にしたのです。自分の立ち位置でしか物事を判断しない事が要因ではないかと自己分析しています。

義見てせざるは勇なきなり 私の政治信条です。

真実(=義)を知ったとき、それが自分に不利益な事実だったとしても勇気を持って立ち向かう政治家が一人でも多く存在することが、「カエルの楽園」からの脱出につながります。
私はそんな政治家であるために今後も自己研鑽と何事にもブレない精神力を培っていきます。

金沢港の再整備について

北陸新幹線開業以来、観光客の数が著しく増え、一部の業界を中心に経済が活性化しています。何よりも目を引きますのはホテルやマンションの建設です。建設ラッシュといっても過言ではないくらいに市街地を中心にビルが建ち始めています。この先も金沢港口のハイハットセントリックや兼六園口の都ホテルの建て替えなど大型物件の建設も控えています。また、これまで飲み会といえば片町が中心でしたが、金沢駅周辺や東山周辺でも最近は洒落た飲食店が出来始めているのを見ますと、街が大きくなってきたなぁと実感出来るひとつの事象です。
こういった中、次なる開発先として注目をされているのが金沢港です。これまで一部で大きな釣り堀と揶揄されていましたが、クルーズ船寄港の大幅増加により客船用岸壁の整備が急がれていたところに、政府が経済対策の中でクルーズ船の受け入れ港の整備を「21世紀型のインフラ整備」と位置づけた事により、国は無量寺岸壁の再整備を前倒し、2020年の東京五輪に間に合う様整備を進めています。整備が完了すれば客船の寄港の増加に加え、南海トラフ巨大地震発生時には太平洋側の代替港としての機能も期待できるものです。そこで、岸壁整備に加えて進めたいのが港周辺施設整備です。県は金沢みなと会館の建て替えを発表し、今県議会にてその概要を発表しましたが、周辺整備に関しては、今現在具他的な方針は決まっていないそうです。国が金沢港の機能強化に前向きな姿勢を示している今こそ絶好のチャンスと捉えるべきで、本市は県と連携しながら金沢港の再整備に向けて積極的に取り組んでいただきたいと思いますが、現状は周辺整備について何か話し合いが持たれているのでしょうか、お聞きします。
また、こまちなみ保存区域の認定から20年目となる大野地区をモデルに景観向上の取り組みに今年度から着手する事になっていますが、大野町は金沢港に隣接していることから、金沢港の再整備に大きな影響をうける街のひとつです。この機会をとらまえて大野町の活性化につなげたいものですが、金沢港の整備と大野町こまちなみ保存区域との関連性をどう活かすのか、考えを伺います。
私は金沢港の再整備をきっかけに周辺地域を再整備し大野町まで気軽に歩けるような歩道を整備すれば、季節の良い時期には多くの方が港を歩き散策を楽しむことが出来るでしょう。金沢港には「いきいき魚市」や「からくり記念館」などの施設もありますので、周辺地域と一体となった整備が望まれます。現状県に正式なウオーターフロント計画がないと聞いていますので、本市独自でウオーターフロント計画を作成してはどうでしょうか。考えをお聞きします。

水産振興について質問を致します。

本年度からこれまでの農林局を改め、農林水産局となりました。聞くところによりますと本市において「水」がつく部署は昭和24年から27年のわずか4年の間だけ存在したそうで今回は実に約70年ぶりということです。そのお考えを市長に伺います。
水産課をつくった思いは。
これまで何度となく本議上において水産振興について本市の見解を訪ねてきましたが、水産業の支援は主に県や県漁協の役割が多く、本市としては限定的な支援になるというものでした。しかしながら、漁業に関してはその通りですが、魚介類を扱って生業としている方々は石川県においては本市に圧倒的に集中している事から本市の水産業に関する影響は決して小さいとは言えず、水産振興に関して消極的ではいけないというのが私の意見です。そこで、今年度から農林局が農林水産局となりました事は大きな前進だと期待をしている次第です。この事は水産業界の方々も同じ思いです。予算を見ましても、平成28年度は877万7000円だったものが今年度は2,010万8000円と対前年比約2.5倍になりましたのも大きな前進と思っています。そこで、事業の内容についていくつか質問をします。
まず、「金沢の海の幸魅力発信事業」についてです。
5月19日に「金沢のお魚のおいしさを熱く語る懇話会」が魚に関係する方々を交えて開催されましたが、全7回の開催を予定していると聞きます。
この懇話会設置の意図をお聞かせください。
参加された方々と懇話会の感想を聞かせて頂きましたところ、皆さん意義ある懇話会だとおっしゃっていました。何よりもそれぞれの立場で意見交換出来た事が良かったようで、魚を扱うという共通点はあるものの立場が違えば、考えや求めるものが違うという事が分かり、とても参考になったと言われていました。また、今後の進め方として議論を絞っていく必要があるというご意見も頂戴しました。残り6回の懇話会をどのように進めていくのかお聞かせ下さい。

次に、「食育を通じた水産物の消費拡大」事業についてお聞かせ下さい。
魚に関する食育講座や講習会を開催とありますが、これに類似した取り組みをしているところが県内にはいくつかあります。卸売市場には「金沢おさか普及協会」があり、県漁協では「水産振興事業団」があり、県でも類似の取り組みを行っています。現状、それぞれに活動をしていますが、私はこれらの事業を1本化することでより大きな成果が得られるのではないかと思っております。1本化のためには行政が先導するのがまとまりやすく、この場合県が主導的立場で進めて頂ければ事はスムーズにいくと思うのですが、その期待を持つのは難しいと思っています。一方、本市と県漁協の関係は良好で、今年度は小学5年生の社会科の副読本を協動で作成するなど、とても良い関係が築けています事から、本市がイニシアチブをとって、1本化に向けた取り組みを進めてはどうかと思います。

一本化の取り組みに大きな成果を望む背景には、魚の消費量が年々減っている事にあり、危機感を持っているからです。水産庁が公表している都道府県庁所在郡市別生鮮魚介類1人当たり購入数量のデーター見る限りでは、全国上位5位が青森市、鳥取市、秋田市、金沢市、松江市となっています。また、昭和55年から平成21年の約30年間の推移を見ますと、上位5市は例外なく約30%減となっています。一方で肉は消費量が増えていることから、魚から肉に消費が変わったとも言えますし、食の多様化も原因の一つでしょう。ただ、本市においては北陸新幹線金沢駅開業により回転寿司をはじめ多くの魚介類を扱うお店の業績が好調のため、魚の消費量は増えていると思われますが、これは観光客の消費が押し上げているのであって、市民の魚離れは依然として深刻な状況です。
魚介類は、カルシウムやミネラル、ビタミン類といった栄養素の宝庫です。中でも、魚の脂質に含まれるDHA(ドコサヘキサエン酸)は脳や神経組織の発達に、EPA(エイコサペンタエン酸)は血栓の予防に効果があることが知られていますから、世代を問わず食して欲しいと願っており、特に成長盛りの子供達に食べて欲しいと思いますので、先に述べました食育に関しての様々な取り組みが大きな成果を出せるように、1本化の提案をしたわけです。
ここで、業界と行政が連携をして成果を出している参考事例として小浜市の取り組みをご紹介します。
小浜市の子供達は魚の三枚おろしが出来ると市場関係者が教えてくれましたので、早々小浜市に問い合わせをしたところ、その要因として幼児の時に包丁を使って魚をさばく授業を行っていると教えてくれました。この授業は「キッズ・キッチン」という取り組みで
幼児を対象に刃のついた包丁を使い、魚や野菜を切り、火を使って料理をつくるというものです。もちろん近くには保護者がいて安全性を確保しているのですが、口も手も出してはいけないルールになっています。これは、「料理を教えず、料理で教える」という方針が基になっているようです。更に小中高生向けにも「ジュニア・キッチン」という取り組みがある他、農業・漁業体験などの取り組みもなされています。これらの他に私の興味をひいた事業が、「校区内型地産地消学校給食」という取り組みです。これは、地域の生産者団体の協力により、地場産野菜を使った学校給食を提供するというものです。給食前には校内放送で「本日の食材の若狭カンランは〇〇おじさんの畑で収穫されたものです。」といった放送を流して、生産者の顔が見る学校給食を実施しています。
小浜市が食育に関して大変熱心な背景には、2001年に全国初の食をテーマにした条例「食のまちづくり条例」を制定したという事があげられます。この条例制定にともない庁内に「食のまちづくり課」を新設し、食の専門家を配置するなどして、食をまちづくりのツールとして活かした取り組みを行っています。小浜市と本市では行政規模が違いすぎますので一概に参考になると思いませんが、本市にとっても食は重要なツールであることは間違いありません。その意味では金沢の食文化とまちづくりは密接に関係するべきではないでしょうか。そして、まちづくりの主役である市民に金沢の食文化を理解してもらう方法としてどのような取り組みを行っているのか合わせて、市長にお伺いします。

ふるさと投資について

「ふるさと納税」はよく耳にしますが、「ふるさと投資」という言葉にはなじみが薄いと思われます。本市においても「ふるさと投資」は取り組んでいないとの事でした。
「ふるさと投資」とは、地域資源の活用やブランド化など地方創生などの地域活性化に資する取り組みを支える様々な事業に対して、クラウドファンディングなどの手法を用いた小口投資の事であり、そのメリットは、具体的なプロジェクトのための資金調達ができるであるとか、地域金融機関等民間の力も活用しながら、官民協動でプロジェクト創生を図ることが出来るといったメリットがあります。
「ふるさと投資」と「ふるさと納税」の大きな違いは、「ふるさと納税」は、納税者は返礼品を受け取って終わりですが、「ふるさと投資」では、投資者はプロジェクトを応援したくて資金提供をしているので、プロジェットの良き理解者となり、プロジェクトへのアドバイスやSNSなどを使って積極的に発信してくれる事から、単なる資金集めに終わらないといったのがこの制度の最大の魅力だと思っています。
この「ふるさと投資」が注目されましたのが、東日本大震災でした。被災した企業は復旧のための設備購入資金や運転資金の調達を銀行から借入できなかったのでクラウドファンディングに頼りましたところ、資金調達達成以外に思わぬ出来事が起きました。被災によって販売先を失った食品加工業会社の事例では、クラウドファンディングの資金提供者が資金提供以外に顧客となってくれた事で、新たな販売先を開拓することが出来た他、販売先が全国に広がったそうです。この事例では、資金提供者は資金提供に留まらず「ファン」として継続的に商品を購入し、知人にも紹介してくれています。これまでの「ふるさと納税」のように返礼品目当ての資金調達ではこのような出来事は起きません。
政府も「ふるさと投資」に注目をしており、平成26年10月に、先進的な取り組みをしている地方公共団体や地域金融機関、仲介事業者等を構成員として、「ふるさと投資」連絡会議が事務局を内閣官房に置き、設置されました。「ふるさと投資」は「ふるさと納税」のような他の自治体への寄付リスクはなく、納税額は確保できる他、官民協動でプロジェクト創生を図ることが出来るのが特徴です。
ところで、「ふるさと投資」は先に述べましたようにクラウドファンディングの手法をとるのですが、日本ではまだまだ認知度が低く理解をされていません。それでも、「ふるさと投資」をクラウドファンディングでやっている自治体は増えてきており、都道府県では34 市区では133 で運用されています。ここで、その成功事例を紹介します。山野市長もよくご存知の別府市の長野市長が提案した「湯~園地」です。この「湯~園地」ですが、ユーチューブの動画によって今や全国で知られています。
市長はこの動画を見ましたか?見ているとしましたらどのような感想を持ちましたか?

長野市長は「湯~園地」プロジェクトの資金1000万円をクラウドファンディングで集める事にしました。その結果、現在集まっている金額はなんと約5200万円です。目標金額の5倍に達しました。現在も資金提供者は現れこの額は日に日に増えています。そして驚くことに5200万円の内訳ですが、クラウドファンディングで集まったお金は約3000万円で残りの2200万円は、なんと、地元企業や市民が自発的に寄付をしてくれているそうです。中には市庁舎に直接現金を持ってくる市民の方もおられるそうで、なんと言って持ってくるかと申しますと「わしらも別府のために役立ちたいから、これ使ってくれ」と。これまでにない光景に市役所職員も驚き、市民のプロジェクトに対する期待の高さから職員の結束力が強まったそうです。ただ、この現象はクラウドファンディングの効果だけではなく、ユーチューブ動画が全国のマスコミに取り上げられ、別府が一躍有名になったことに加えて、長野市長の「やっちまった」発言が大きく影響していると思いますが、来月行われる「湯~園地」プロジェクトは大成功に終わる事間違いなしといるでしょう。
もう1件ご紹介します。鎌倉市の事例です。
鎌倉市の松尾市長の事も山野市長はよくご存知だと思いますが、「かまくら想いプロジェット」を発案し、クラウドファンディングで資金調達する事にしました。目標額は100万円です。このプロジェクトは新たな観光ルート板を設置するというもので、1人1万円で100口募集しましたところ、あっというまに完売しました。クラウドファンディングでは資金提供者のメリットとして、「購入型」「寄付型」「投資型」と3パターンあり、今回の場合は「購入型」で行われ、資金提供した方は何を買われたかと言いますと、作成した観光ルート板にご自身の名前を刻む事の出来る権利を1万円で購入したということです。このプロジェクトも単に資金を集めただけに留まらず、資金提供者はプレートに刻まれたご自身の名前を確認するために、間違いなく鎌倉を訪ねるでしょう。この成功に引き続き新プロジェクトとして、今度は「鎌倉これあらた(維新)」をスタートさせました。
このようにクラウドファンディングを活用した「ふるさと投資」は「ふるさと納税」のように単に資金を集めるに留まらず、地域の活性化に繋がっています。そのため、今後多くの自治体で運用すると予想される事から、本市においても運用に向けて検討してはどうでしょうか。例えば、福田議員も質問しましたが、加賀友禅大使への支援だとか若手工芸作家育成への支援であるとか、更には芸子さんのお稽古代の支援など、本市らしい伝統文化に関わるプロジェクトを提案すれば、きっと多くの理解者が現れると思いますがいかがですか。
「ふるさと投資」での資金集めを考えてみては。

金沢外環状道路並びに大宮川改修事業について

まず、金沢外環状道路海側幹線の整備についてお聞きします。
金沢外環状道路は、都心部の交通渋滞の緩和に貢献するもので、一刻も早い完成が望まれるところですが、これまで山側幹線は平成18年に全線供用が開始され、市街地の渋滞緩和に大きな効果がありました。その後、東部環状道路は4車線化工事が進められ、今年度中に神谷内から東長江町区間の完成を目指すとの事であり、早期の完成供用を期待しているものであります。一方、海側幹線については、これまで1期から3期区間の側道部が供用開始しており、残るは4期区間の供用開始が望まれているところです。そのような中で今回、国庫補助金の増額補正により、海側幹線4期区間において約9億円の予算を前倒しするとの事ですが、その事からいくつか質問をします。
一つ目は、海側幹線4期区間の事業経緯と現在の整備状況をお聞かせ下さい。
毎日、海側幹線の工事状況を眺めてきましたが、これまで田んぼしかなかったところに盛り土や橋が架けられ、海側幹線がこの場所を通ると分かるまでになってきました。地元の者として一日も早い完成を望むものです。
二つ目は、今回、国庫補助金が増額補正されたとのことですが、その補正を受けて、具体的にどのような整備がなされるのでしょうか。
そして、三つ目として、完成に向けた今後の見通しについてもお聞かせ下さい。

続いて、大宮川改修事業についてお聞きします。
大宮川は、地元住民以外ではあまり知られていませんが、沖町から河北潟に流入する河川であり、上流部分での宅地化などによって降った雨が短時間に川へ流れ込み、そのことでおきる浸水被害が慢性化していることから、改修事業がスタートしました。
この事業は、昭和60年より川の拡幅・改修が始まり、これまでに河北潟の河口から東山内灘線までの1期区間の改修が完了しているものの、引き続き、周辺地域の浸水対策を進めるためにも、2期区間である東蚊爪町・大浦町地内での早期改修が望まれるものであります。
今回、金沢外環状道路と同様に国庫補助金の増額補正に伴い、大宮川改修事業を含め約3億円の予算を前倒しするとのことを受けていくつか質問をします。
大宮川改修事業の現在までの整備状況並びに今回の補正額での具体的な整備内容及び完成に向けた今後の見通しをお聞きします。

このような大型事業の進捗は、国庫補助金次第といった側面がある訳ですが、「コンクリートから人へ」と言われた平成22年から24年は大変厳しいものでした。平成23年度の道路局の国庫補助金は約5億円となり、平成21年の麻生政権の時の約11億の半額となってしまいました。その後、自民党が政権を奪還し安倍政権での平成25年度では約23億円に大幅アップしました。昨年度も約19億円確保でき、アベノミクスの効果が地方自治体の予算に大きく影響している事がよく分かります。安倍首相には引き続き経済政策を積極的に取り組んで頂きたいと思います。

日本国憲法

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昨今の国会を見ていますと憲法改正の議論に熱が帯びています。
憲法をなぜ改正または一から作り直す必要があるのか。また、その必要性がないと言えるのかなど、それぞれの立場で言い分があり、改憲派・護憲派で意見が割れています。
私の考えは改憲でも護憲でもなく新憲法制定です。
そもそも日本国憲法は明確にアメリカが国際法ハーグ陸戦条約に違反して作成に関与したものです。あえて関与と書きます。
ハーグ陸戦条約第43条には、「占領者は、占領地の現行法律を尊重して、その国(占領地)の公共の秩序と生活を回復確保しなければならない。」とあります。
簡単に言うとアメリカが日本国憲法作成に関与した事は、ハーグ陸戦条約第43条に違反していると思えます。
国際法違反で作られた憲法でしかもアメリカが主導的立場で作成されました。それを日本人のための憲法と呼ぶ事に無理があります。

※前文がおかしい

「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」
毎週のように日本海にミサイルを撃ちみ、日本海で操業する漁師を脅かす諸国民。
国家間で決めた事を平気で破棄する諸国民。
歴史を捏造し、政治利用する諸国民。
このような諸国民に私達の安全と生存を預けて良いのでしょうか。

※条文の矛盾

第7条4頁 国会議員の総選挙の施行を公示すること
参議院選挙は総選挙ではない。
第46条 参議院議員の任期は、6年とし、3年ごとに、議員の半数を改選する
この条文と矛盾する。

第24条 婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し、・・・・・
同性婚は憲法違反。渋谷区で同性婚を認めましたが、これは立派な憲法違反。

第89条 公金その他の公の財産は、・・・・・公の支配に属しない慈善、教育もしくは博愛の事業に対して、これらを支出し又はその利用に供してはならない。
私立学校・福祉施設への補助は憲法違反であり、朝鮮学校への補助はありえない。

国家非常事態条項の欠落
昨今、北朝鮮の活動が活発化している中で、「国家非常事態条項」が我が国の憲法にないため、他国からの攻撃に対して何も出来ない。攻撃されれば降伏しかない。

第9条だけがクローズアップされ、平和憲法を守れと声高に叫ぶ人がいますが、私が言いたのは、国民が守れない憲法であってはいけないと言う事です。
上記に記したのは一部であり、この他にも皇室財産の事や英語を和訳したので言葉がおかしなことになっている条文など様々に矛盾がある日本国憲法です。
時代が変わり守れなくなってきた条文があります。第89条などはそれにあたるでしょう。これだけ私立学校や福祉施設が増えると70年前に誰が予測できたでしょうか。
憲法遵守を言うならば、時代にあった内容にしなければいけないという事です。
故に多くの先進国では憲法改正が行われています。
ドイツ59回 フランス27回 カナダ19回 イタリア16回 アメリカ6回

我が国では、誇りと自信が持てない国民が増えたと言われます。
第7条の「総選挙」の「総」一文字の誤植すら直す事が出来ない国民では無理もありません。
頑張っている国会議員もいます。彼らを支持して正しい方向に舵をきらせましょう。
日本がしっかりすることが世界平和に寄与すると私は本気で思っています。むしろ世界平和のためには日本がしっかりとしなければならないとさえ思っています。
日本人としての誇りと自信を取り戻すそのきっかけに、日本国憲法を日本人の手でつくりあげましょう。

私が小学生だった頃は卒業式では卒業生を送る歌として「蛍の光」を歌う事が定番でした。そして歌うたびに胸に何かがこみ上げてくるのを感じていました。
最近になって「蛍の光」に3番と4番の歌詞がある事を知り、本当の歌詞の意味を知りました。
それは、国境警備に向かう夫を見送る妻の心情を歌ったものでした。それは、3番・4番の歌詞を知らないとその意味が伝わりません。
それでは、その歌詞を紹介します。

蛍の光
原曲 スコットランド民謡「オールド・ラング・サイン」
作曲 稲垣千頴(いながき ちかい)

1番
蛍の光、窓の雪、ふみ読む月日、重ねつつ、いつしか年も、すぎの戸を、開けてぞ今朝は、別れ行く
【略:明けて今朝、国を護るために夫は別れていく】

2番
止まるも行くも、限りとて、かたみに思う、ちよろづの、心のはしを、一言に、さきくとばかり、歌うなり
【略:故郷にとどまる妻も、国境の護りに旅立つ夫も、今日を限りとして別れていく。だからかたみも心の端に、どうぞご無事で。】

3番
筑紫の極み、陸(みち)の奥、海山遠く、隔つとも、その真心は、隔てなく、ひとつに尽くせ、国のため。
【略:筑紫の果ても(九州)、陸奥の果ても(東北)、祖国防衛のために赴く夫とは海や山も遠くに隔てるが、真心は隔てることなく、どうぞお国のために尽くして下さい。】

4番
千島の奥も、沖縄も、八州(やしま)の内の、守りなり、いたらん国に、勲しく、努めよ我が背、つつがなく。
【略:千島も沖縄も八州(日本)の内の守りであり、どうぞこれから向かうところで功を立て、ご無事で任務を全うして下さい。】

この4番ですが、明治時代に領土が拡大することで幾度も歌詞が変わりました。

1回目:千島の奥も、沖縄も、八州の外の、守りなり(明治初期の案)
2回目:千島の奥も、沖縄も、八州の内の、守りなり
(1875年 千島樺太交換条約・琉球処分による領土画定を受けて、千島列島18島を日本領となった。)
3回目:千島の奥も、台湾も、八州の内の、守りなり
(1895年日清戦争後の下関条約により台湾・澎湖諸島(ほうこしょとう)が我が国となりました。)
4回目:台湾の果ても、樺太も、八州の内の、守りなり
(日露戦争後、ポーツマス条約でロシアから南樺太を譲り受けます。)

我が国は北方領土・竹島・尖閣諸島と領土に関係する課題を抱えていますが、国民の関心が低いように思います。
軒先貸したら母屋が取られたということわざがあるようですが、領土というものは1ミリでも譲ればすべて奪われるというらしいです。だから当時の日本はその都度歌詞を変えてまでも国民に領土の大切を歌ったのではないでしょうか。

我が国固有の領土を1ミリでも譲らないために今も自衛隊の方々が任務についてくれています。
日本国民がもう少し領土について関心を持たなくては、国境警備をしてくださっている隊員の方々に申し訳がたちません。
北方領土問題に進展が見られそうな今こそ日本国民全員が自衛隊の方々に対して蛍の光を歌い、尊敬と感謝の念を伝える時ではないでしょうか。

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