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森喜朗さんの発言

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先に述べますが、森喜朗さんは決して女性を蔑視する人ではありません。
子供の頃から接していますが、本当に気配りが行き届いていて、常に周りを気にかけてくれる人です。
その積み重ねが周りの人からの信頼を呼び、結果として調整力の人なんて呼ばれるようになったんだと思いますし、その調整力に期待をされオリパラ組織委員会の会長に依頼されたんだとも思います。

今回のことで女性の立ち位置について改めて考えてみました。
私は、常々女性の能力は高いと感じています。
女性は物おじせずにご自分の感性で物事をはっきり言う。引き受けたことはしっかりと最後までやり通す。
女性ならではの柔軟な発想は新たな可能性を生み出すとも考えています。
金沢市で宮村英語賞というものがありますが、毎年15人ほどの中学生が選ばれますが、9割の受賞者が女性です。このように、特に子供の頃の女性の活躍は男性を上回っていると思います。
しかし、大人の社会では男性の活躍が目につきます。
この原因は出産育児にあるのではないかと思っています。
本来、女性は男性をしのぐほどの能力を秘めているにも関わらず、出産のために一時社会を離れなければなりません。
社会は常に変化をしていますから、育児期を終えて職場に戻った時には状況が一変していてついていけなくなる。
看護士の人からも同じような意見を聞きました。
戻ったときには新しい医療機器が導入されていてついていけないと。
その点、男性は学校を卒業してから継続的に働くことが出来るので、社会の変化にも対応がしやすい。
結果として、男性の活躍の場が広がっているということではないでしょうか。

この考えが一理あるとしたら女性の活躍の場を広げるには、出産育児は男性も積極的に参加をし、育児後の職場復帰に関しては、いきなりこれまでの成果を期待するのではなく、慣らし運転のように感覚が戻るまでは寛容に受け止める職場や社会が必要ではないでしょうか。

最近は、LGBTのことを含めて差別について大きく取り上げられていますが、日本人は世界で初めて人権問題を国連で提案した国であり、内助の功なんてことばもあるくらい、女性には優しい国だと思いますが、女は黙って一歩下がって歩けという言葉もあるくらいで、女性の存在をうまく利用しているようなところがあるのではないかと思いますので、そういった考えがあるとすれば改める必要があります。
83歳の森さんや82歳の私の父のように戦後間もない頃に育った人は女性蔑視するつもりは絶対にないが、女は一歩下がって・・・と言ってしまいそうです。
私は妻の前では絶対にそんなことは言えませんが(笑)
それが昭和後期生まれの男です。
一方で、女性の登用については、ある職員から言われた言葉ですが、女性だからではなく、能力で人選をして欲しいと。
能力が伴っていないのに女性枠という理由で上司になられては組織の士気が落ちます。それは必死に頑張っている男性職員に対しての弱差別になりませんかと。
この意見も一理あるように思いますが、大事なのは、家庭でも夫の役割妻の役割があるように、男らしさ女らしさが調和した社会が望ましいのだと思います。

成人式にて

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成人式を迎えられた皆さん、おめでとうございます。心からお祝いを申し上げます。
コロナ禍の開催ということで、ある意味一生忘れられない式典になりましたが、同級生との再会を喜び思い出を作ってください。

私からはお祝いの言葉として渋沢栄一さんを紹介します。
渋沢栄一さんは、今年の大河ドラマの主人公になる方で、2024年からは1万円札の顔にもなる方です。
渋沢栄一さんといえば「論語とそろばん」ですが、ここでいう論語とは、道徳や倫理・大儀といった正しく生きるための指針のことを意味します。
そして、算盤は経済やビジネスのことです。
渋沢栄一さんは、ビジネスつまり金儲けを優先すると自分の利益だけを追い求めがちになり、利他の心が薄らいでしまうと社会が壊れてしまうので、ビジネスを行う上でも道徳感や倫理感との調和大事だと言っています。

同様に、江戸時代の寺子屋では、子供達には、まず初めに武士の所作であるとか人として生きるとはどういう事かといった今でいう道徳を教えました。
そしてその学問を本学と呼び、次に教わるのが読み書きそろばんです。
これは政治経済のことですが社会全体を学び、その学問を末学と呼びました。
なぜ読み書きそろばんよりも先に道徳を教えたかといいますと、豊かな社会を実現するには、社会を構成する民の民度が高くなくてはいけないということから、先に本学を教え次に末学を教えたということです。この教わる順番がとても大事なことで、順番を間違えることを本末転倒と言うようになりました。

この二つの事例は本学がいかに大事であるかと教えてくれています。
では、本学を学んだ人とはどういう人かと申しますと、本日の成人式を開催するにあたり、本嶋館長はじめ公民館の職員の方々には大変なご苦労をお掛けました。
コロナ禍ですから、成人式をやるかやらないかから議論が始まったと聞きました。
それでも、皆さんにとっては一生に一度の成人式ですからなんとか開催したい。
その想いで、出来るか出来ないかではなく、どのような対応をすると出来るのかとホテル側と何度も打ち合わせをしながら今日の式典を迎えることが出来たということを皆さんは知っておくべきです。

人の思いやりとかやさしさ、愛といったものは目で見ることは出来ません。
なぜなら感じるものだからです。
それを感じとるには心の目を使います。心の目は本学を学ばないと開眼することはありません。
私は、心の目の視力が良い人を人格者と思っています。
因みに大谷翔平選手の愛読書は「論語とそろばん」だそうで、アメリカに渡る時に持って行ったそうですから、皆さんもぜひ読んでみてください。

それでは、皆さんの人生に幸多かれを心から祈ってお祝いの言葉とします。
本日はおめでとうございます。

今年の抱負

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あけましておめでとうございます。
コロナ禍の最中、いかがお過ごしでしょうか。
2021年最初の投稿ですから、今年の抱負とともに最近つくづく感じること3つを書きます。

最近つづく感じることの
その1 本学の重要性
私は、20代の頃からシャディサラダ館金沢桂町店を16年間経営をしていました。
その頃、全国でサラダ館は800店舗ほどあったと思いますが、年間売上が全国7位になったこともありますが、市議になってからは二足の草鞋を履けず、売上が落ち込み赤字に転落してしまいました。
売上が伸び悩んでからは、日本創造教育研究所などの自己啓発セミナーに積極的に参加するなどして自己研鑽に励みましたが、結局続けることは出来ず、友人に売却することになりました。
この時期を振り返って思うことは、私は末学に長けていたかもしれないが本学が身についていなかったということです。
つまり、本末転倒だったんです。
今にして思えば、10代の頃にしっかりと本学を身に着けていれば、ビジネスマンとして大成していたかも(笑)
そう思うだけに、若者にはまずは何より本学を徹底的に学んで人格を高めて欲しいと思います。

その2 継続は力なり
政治家になって龍馬プロジェクトに参加をして10年が経ちました。
この間、様々な事を教わってきました。
その事が最近になってようやく政治活動とかみ合ってきました。
自分でも遅い(笑)と思っていますが
私が小学校を卒業する時に浮田校長先生から頂いた色紙には

「たゆまざる あゆみおそろし かたつむり」

と書かれていました。
継続は力なりと言いますが、小学校を卒業して約40年が経って、浮田先生の言葉の意味を実感しています。

その3 良き友人の存在
その1その2に気づかせてくれたのは良き友人の存在です。
その方々がいなければ私はいまだに何も知らない分かっていないどこにでもいる政治家でした。
先日、良き友人からこう言われました。

「高岩さんの使命は、誰もやらないことをやることですよ」

この言葉がすごく胸に響きまして、FPの資格を取ろうと決心しました。
これまで子供達にお金の勉強を教えなくてはと常々思っていましたが、どうやってカリキュラムを作ってよいのか分からず、思うだけでした。
先程も書きましたが、まずは本学。次に末学ですから、政治家なら本学と末学を同時に教えられると思いましたので、本学は龍馬プロジェクトで教えて末学はFPで教える事が出来るのではと考えて
「FPの資格を持った政治家が伝えるお金の話し」というテーマで
私しか出来ない資産運用の話をみんなに伝えようと思っています。

以上が、年頭に際しての私の想いと抱負です。
今年もどうぞ宜しくお願いします。

1776年に出版されたアダム・スミス著書「国富論」という本があります。
この本には「見えざる手」という興味深い一説があります。
これは、経済には見えない価値が働いていて、個人の利益を追求する行為により、経済はうまく回るという説です。
簡単にいえば、暮らしを良くしたい。旅行に行きたい。美味しい物が食べたいなどという人間の欲求がお金を得ることに関係するので、人々は仕事を頑張り、その結果企業は成長し、社会が発展していくというものです。
つまり、人に欲がある限り、経済は発展していくというのです。

産業革命以降、世界は大きく成長してきたのは事実です。今は第4次産業革命の時代に入りました。
一方で格差が拡大しています。
もう一冊紹介したい本があります。
トマ・ピケティ著書「21世紀の資本論」
この本は、r(資本収益率)>g(経済成長率)を説いています。
これは、資本家の収益率>労働者の所得成長率ということです。
資本家の年間平均収益率は4~5%と言われています。
労働者の昇給率はだいたい1%~2%です。
この差が格差を生んでいるというのです。
前回投稿した新産業テクノロジーですが、こうした技術が社会生活に溶け込むことで便利になることは間違いありませんが、その仕事をやっていた人から職が奪われることも忘れてはいけません。
誰もが出来る単純労働は機械にとって代わられるでしょう。
そうなると、資本家と労働者の所得格差は今以上に広がることは容易に予想できます。

資本家と労働者との収入的格差が広がることで、我々が注意しなければいけないのは、社会の秩序です。
収入格差は一部の人にとって富を得ますが、多くの人にとっては悲劇です。
その結果、社会不安を招き、暴動から内戦。そして戦争を引き起こすやもしれません。そう考えるのはおおげさでしょうか。

 

金沢港クルーズターミナルで行われているイベントを視察してきました。
タイトル通り出店企業は皆、自社が売り込みたいテクノロジーの数々をアピールしていました。
ICTを活用してリモートワークを円滑に行うことにより、新しい働き方を提案している企業や、人間がやらなくてもよい仕事はAIを使ってコンピューターが行う提案だとか、5Gを使ったシュミレーションゲームもありました。
私はdocomoブースのVRを体験してきました。
画面越しに話をするリモート会議とは違い、自分がVRの世界に入ることで、バーチャル会議を体験してきました。
そこにいないけど集える世界。不思議ですが慣れるとそんなものかもしれません

人間がやらなくてもよい仕事はコンピューターで行うことで、正確でより早く行えるようになり生産性が上がる。また、リモートワークにより出勤時間がなくなり、自分の時間や家族と過ごせる時間が増える。
5Gを活用することにより、遠隔医療や災害時に迅速な対応など社会構造に大きな変革が起きるなど、ワクワクするようなテクノロジーで溢れていましたが、複雑な思いもしました。
単純作業は人間から機械になることで、単純作業しか出来ない人はどうなるのだろう。
画面越しでは人間関係が築けるのだろうか。
直接会って話しをしているなかでヒントであったりアドバイスが受けられることもあるだろうに。
時代の変わり目は不安と期待が入り混じる。
いろんなことで格差が広がるんだろうなと思いつつも、政治が果たす役割を考えながら会場を後にしました。

真田町(現上田市)の教育長を務められた大塚貢さんの「給食で死ぬ」という本を飲んだことがあるのですが、子供達の暴力やいじめは精神的不安によるイライラ感が原因で、そのイライラ感は何を食べているかという食事に大きく影響をしていることに気づいた言います。
当時、校長として赴任した長野県の中学校はひどい荒れた状態だったそうです。それで、いわゆる問題児とされる生徒を観察しているとある共通点が見えてきたといいます。それは、朝食を食べてこない。日中は菓子パンや炭酸飲料を飲み、夕食は肉が中心だったそうです。
成長期である中学生にとっては、身体づくりの視点からしても問題と言えます。
そこで、大塚先生は保護者を集めて、食事の重要性を説明したそうですが、若いお母さんはあまり聞く耳を持たなかったそうです。特に非行を起こしている子供の保護者はまるで理解をしてくれません。
それで、大塚先生は、それならば給食くいは栄養価があるバランスの良い食事を提供しようと学校給食を極力オーガニックな食材にこだわったそうです。
すると、その取り組みを始めて半年もすると子供達の行動に変化が現れたそうです。本を読み出し、花壇を整理するなど、校内暴力が激しかった学校に学びと潤いが戻ってきたといいます。
1年もすると荒れていたというのがウソのように平和な中学校に戻ったと言います。
実はこのような事例は、日本全国どころか世界でもよく見られることです。
食材が人間の身体はもとより、精神面に大きく影響するということが。
この本との出会いで私は、金沢市の給食は大丈夫だろうかと心配になりました。
現在調査中ですが、問題点と課題が見えてきました。
これについては長くなりましたので次に書きます。

食の安全性に興味を抱いたきっかけは、欧州の旅行雑誌に、日本に行ったら野菜を食べないように。なぜなら残留農度が高いからという話を聞いたからです。
日本の野菜が農薬まみれなんてそんなことはないだろうと知り合いの農家さんを訪ねると、出荷用の野菜と自宅用の野菜が別々に置かれているのを目にしました。
出荷用の野菜は色も形もきれいでとても美味しそうに見えました。
一方、自宅用は虫食いが激しく見栄えが悪く、食欲を誘いません。
違いは、有機農法で栽培したかしていないかです。
生産者に全て有機農法にすることは出来ないのですかと聞きますと、手間がかかって出来ないと言いながらも、自分達が食べる野菜は有機農法の野菜を食べているというのは複雑な気持ちになりました。

生産者の手間がかかるという意見は分かりますし、形がきれいでないと売れないという消費者心理もありますので、全てを有機栽培にすることは出来ないにしても、買う側の消費者が選べるように出来ないかと思います。
米国のスーパーでは、「NON GMO」「ORGANIC]というラベルや看板がいたるところにあって、この野菜はオーガニックなのかそうでないのか。また遺伝子組換え作物なのかそうでないのかが一目瞭然だそうです。
世界はどちらかというと有機農法の拡大に向かっているなかで、日本は発がん性が指摘されているグリホサートの残留基準を2017年12月から大幅に緩和しました。
小麦   5ppm~30ppm
そば   0.2ppm~30ppm
ほまわり 0.1ppm~40ppm
など、ほかにもサトウキビやトウモロコシ、大豆などもそうです。

健康のためにより厳しくするならわかるのですが、緩和するという理由はどこにあるのでしょうか。
今後、その原因を探っていこうかと考えています。

9月議会で、金沢甘エビのブランド化の予算が可決し、本日の初競りで約100匹入りの箱が、1箱1万円と過去最高の高値で取引されました。
このことは、漁師にとって大変ありがたい出来事です。
私の父も祖父も曽祖父も能登で漁業を家業としてきましたので、私は議員という立場で漁師の支援をしたいと常々考えていました。

しかし、金沢市は水産振興にまったく理解を示すことなく、本来は農林水産課となるところが、金沢市は農林課ということで水産課が存在しませんでした。
そこで、まずは水産課を新設するところから訴えることにしました。
市長が代わったことが転記となって、山野市長は水産振興に理解をしめしてくれて、まずは水産担当という名刺を持つ人が誕生しました。
それから3年ほど経って、ようやく水産課が新設されました。
このことは、元水産庁長官で現参議院議員の山田修路議員のお力添えが大きく影響をしました。

これで水産振興の受け皿が出来ましたので、様々なことを提案することができる体制が整いました。
その提案の一つがブランド化です。
なぜブランド化が必要かというとブランド化すると単価が上がるからです。
単価が上がれば、漁師の手取りが増えるというメリットがブランド化にはあります。
それで、私が目をつけたのが甘エビです。
それで、金沢市では、3年前から「甘エビ祭り」を開催するようになり、多くの方に甘エビを知ってもらうきっかけが出来てきた矢先に、昨年なぜか「メギス」に焦点を当て出しました。
メギスは塩焼きや煮付けにすると大変美味しい魚であることは事実ですが、多くの人をひきつけるほどの魅力があるかというと疑問です。
それで、再び議会で甘エビに力を入れるよう強く要望をしました。
その結果、市長はじめ担当部局の理解を得て、ようやく5年越しで甘エビのブランド化にこぎつけることができました。
コロカ禍で観光客が激減していますが、多くの方に金沢甘エビを食べていただきたいと思います。

75回目の夏

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今年も石川護国神社で行なわれた戦没者慰霊祭に参加してきました。

毎年、12時の時報とともに英霊に哀悼の誠を捧げるために黙祷を捧げます。

この時、境内はセミの鳴き声に包まれます。

75年前の日本も今日と同じようにセミが元気に鳴いていたのかと思うと今を生きていることに全ての先人に感謝の気持ちがこみ上げてきます。

同時に、大きな犠牲を払って手にした平和を壊してはいけないと強く思う。

現代において武力による戦争というものは、小国相手ならまだしも、大国相手には起こりにくいと考えている。

その理由は、大きな犠牲が伴うから。それは、自国民の命でありお金である。

しかし、戦争は起きないのかといえば起きる。いや、すでに起きていると言っていいと思う。

争いはなにも殴り合いだけとは限らない。

いたずら電話やいたずらメールのような誹謗中傷も相手にダメージを与えることができる。

仕事をじゃまして金銭的に追い込むことも有効な手段になる。

米国と英国はファーウェイの使用を禁止した。

それは、すでに情報戦争が始まっていることを意味している。

また、情報以外にも「食」についても気をつけなければいけない。


食は安全保障である。だから、各国は食料自給率をあげようと努力をしているなかで、 我が国では、官民連携を推進するために、種子法廃止や漁業法改正、卸市場法改正など、食の原点である農林漁業に日本企業ならまだしも、外国企業にも窓口を開いている。

命に関わるものは外国企業どころか民間企業にも窓口を開くべきでないと思う。

パリの水道事業民営化がわかりやすい例だ。

日本では2018年4月に種子法が廃止された。しかし、これでは地方の食が守れないとして、新潟県を最初に地方議会で種子法の条例が成立して、地方の種子が守られたことが良い例だと思う。

先人が築いた日本を、外国から壊されないようにするには、これからは地方がしっかりとしなければいけないと強く思う。

地方が豊かなことは日本を強くする。今の豊かさをこれからも守り抜きますと、石川護国神社にて英霊に誓いました。

政府は海外から日本に対する投資を増やすための新たな戦略を立てるそうです。

その目的は、外資の知識や販路と組み合わせることで地域経済を活性化させようとするものです。

これまで外資の投資先は大半が都市部でした。

それがこれからは地方に向けられるということです。

その理由は、事業継承を検討する中堅・中小企業の買収や訪日客の再拡大を見込んだ観光資源への投資だそうです。

聞こえの良い言いまわしですが危険な文言があります。

※事業継承を検討する中堅・中小企業の買収

これはつまり高い技術力を持った地方の中小企業を外資に買いやすくするといった内容です。

地方の中小企業は、企業と地域は一体であるという理念のもと、地域を良くしたいと願って技術革新を積み重ねてきました。

一方外資はというと、一番の関心事は株主への配当です。

つまり、地域貢献よりも儲けがなにより重要なのです。

政府は、民間の知恵を活用することが良いことだとして、規制改革推進会議でどんどん民間に窓口を広げてきています。

行政が担わなくてもよい事業があることは事実ですが、行政が担わなくてはいけない事業があるということを理解していません。

例えば、水・食料といった生きることにつながることは営利追求の民間に窓口を開くべきでないと考えています。

ところが、政府は2018年4月に水道法を改正し、同年種子法を廃止しました。更に、先の国会で見送りになった種苗法の改正を次の国会に再提出しようとしています。

この他にも漁業法や卸売市場法の改正など、農林漁や市場にも民間(外資)が進出しやすいように法改正してきました。

今はまだ、これらの法改正が我々の生活に悪影響を及ぼしてはいませんが、海外の事例を見ると楽観は出来ません。

外資から地域を食物にされないためには、地方の首長・地方議員の役割が今後一層重要になってきます。

一例をいえば、国は種子法を廃止したが、現場の地方では日本古来から伝わる種子が守れない恐れが出たということで、米どころの新潟県を最初に種子法に代わる「県主要農作物種子条例」がいくつもの県で制定しはじめました。

地方議会が機能したことで日本の固有種が守られた事例といっていいと思います。

この事例が示すように、地方議会は規制改革推進会議・産業競争力会議・国家戦略特区諮問会議などの動向に注視しなければいけなくなりました。

今回報道にあった「地方へ外資誘致拡大」は、一歩間違えば、地方の有力企業が培ってきた技術や地域への貢献具合。更には雇用と税収がなくなってしまう恐れがあります。

そうならないために、国会審議では、〇〇会議から提出されたうわべの報告書を鵜呑みにせずに、深いところで議論をして欲しいと思います。

それにしても、コロナで地方経済が弱っているところに、ここぞとばかり外資に窓を開くとはどういう了見でしょうか。

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