【柴五郎陸軍中佐】

義和団の乱 1900年(明治33年)
この出来事は、後に日露戦争(1904年)のきっかけとなった我が国としては重要な出来事である。舞台は清国。
当時の清国は、アヘン戦争(1840年)で英国に敗れ、日清戦争(1894年)で日本に敗れた事により、植民地化が進む中で起こった外国人排斥運動です。
この騒動を鎮圧すべく、当時北京に公使館を置いていた欧米10ヶ国と日本が清国軍と暴徒の鎮圧に挑みました。
連合軍の兵士は約500人。対する敵兵は約4万人。
この不利な状況のなか、指揮官として各国から賞賛を得た方が、柴五郎陸軍中佐です。
柴五郎中佐は、指揮の見事さ・日本軍人の規律正しさや勇敢さに加えて、粘り強さに対する賞賛と信頼の声は、日増しに連合国の将兵や外交官・居留民に広がっていったといいます。
北京解放後、残念なことに連合国の略奪や強姦が相次いだそうです。
イギリス軍人によると、誇り高き大英帝国軍人は、他国が行っている強姦などの野蛮な行為はなかったが(略奪は否定していない)、日本兵は実に規律正しく行動していたと言いました。これらの事が評価され、柴中佐と日本兵に対して、各国政府から勲章が授与されました。

日本軍は戦時中、虐殺や略奪・強姦など非道な行為を行ったと言われていますが、本当でしょうか。
この手の話をする方々は、よく言われるリベラル左翼の方々で、彼らの目的は日本を混乱させることです。
なぜ、そんな事をする必要があるのかといえば、日本が混乱する事で利益を得る国や組織の手先になっているからでしょう。
保守と言われる方々は、手先に成り下がっている組織の批判を繰り返しますが、実は本丸は違うところにいるようです。
私達はそこと戦わなくていけないと思っています。

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